| ★狸の街、歌舞伎の街、木更津駅西口 |
木更津駅西口のシンボル
■逆さ狸の”きぬた君”
・逆さ狸「きぬ太くん」はタヌキの街木更津のシンボルです。
木更津駅西口駅前ににあり、台座2.6m、金箔のお月様の径は、2.5mあります。
・木更津駅西口前、アクア木更津の東北の角にあります。
・木更津駅西口の観光始点です。
木更津駅西口には、タヌキの置物がいっぱい有りますので、見てお回りください。
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木更津駅西口のシンボル
逆さ狸の[きぬた君]

・アクア木更津A館側から見てね
・恥ずかしいから、間違っても、絶対、木更津駅西口から見ないでね |
木更津駅西口散歩マップ
・歴史のある街、タヌキの街、歌舞伎の街の木更津駅西口の寺社仏閣を散歩しませんか。
[観光順路]
・きぬた君
↓
・光明寺
切られ与三郎の墓
舞鶴の松
↓
・選擇寺(せんちゃくじ)
蝙蝠安(こうもりやす)の墓
↓
・八釼八幡(やつるぎはちまん)神社
頼朝公お手植えの蘇鉄
関東一の大神輿
以下、拝観依頼をしてください。
・家康公寄進の銅鳥
・格天井の狩野派の装飾画
・五大力船(ごだいりきせん)絵馬
↓
・弁財天(白弁天)厳島神社
兎の漆喰
池の亀ちゃん金魚ちゃん
↓
・證誠寺(証誠寺)
狸塚
童謡記念碑
↓
・木更津港へ |
[木更津駅西口散歩マップ]

・木更津の寺社仏閣は、500m四方内に点在しています。
・駐車場に車を止めて、歩いて回ってください。 |
光明寺

・木更津駅西口に近く、富士見通りに面しています。
・木更津を舞台にした歌舞伎の与話情浮名横櫛(よわなさけうきのよこぐし)は、嘉永6年 1853年に八代目市川団十郎が初演し大当たりをとりました。
・”しがねえ恋の情が仇命の綱の切れたのをどうとりとめてか木更津から”のセリフで有名な歌舞伎の主人公の与三郎の墓が光明寺にあります。
・春日八郎の歌った歌の“お富さん”は昭和29年(1954年)に発売され125万枚を売り上げるヒット曲となりました。
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[光明寺]
・建武2年(1335年)創立の日蓮宗のお寺様です。
・門を入ると大きな松があります。
●舞鶴の松

・樹齢400年を越える大きな黒松です。鶴が舞っているように見えることから、舞鶴の松と呼ばれています。
・切られ与三郎の墓は本堂裏手にあります。
●切られ与三郎の墓

・歌舞伎「与話情浮名横櫛」(よわなさけうきなのよこぐし)の主人公の与三郎のお墓です。
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選擇寺(せんちゃくじ)

・選擇寺の本堂は、昭和5年に建立された鉄筋コンクリートの建造物で、国指定の登録有形文化財に指定されています。 |
[選擇寺(せんちゃくじ)]
・享徳3年(1454年)に創始された浄土宗のお寺様です。
・本堂の左横に、蝙蝠安(こうもりやす)のお墓があります。
●蝙蝠安の墓

・歌舞伎「与話情浮名横櫛」(よわなさけうきなのよこぐし)の主人公の与三郎の相棒のこうもり安(山口瀧蔵)のお墓です。
・こうもり安は木更津生まれで、美声の持ち主で、花柳界の寵児と言われていました。
・毎夕蝙蝠(こうもり)のようにふらふらと遊び歩いたので、こうもり安というあだ名が付けられました。
・また実際に、左の太股にこうもりの入墨がありました。
芝居では、頬にこうもりの入墨をしています。
●小林一茶の句碑
・江戸時代を代表する俳諧師の小林一茶も良く木更津を訪れ、選擇寺で句会を催しました。
・選擇寺の道路を挟んだ北側の東岸寺の境内には、小林一茶の句碑もあります。
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八釼八幡神社(やつるぎはちまんじんじゃ)

・木更津駅西口に近く、参拝客の多い神社様で、年末年始、七五三などでは大変賑わいます。
[由緒]
■いわれ
・日本武尊(ヤマトタケル)が祀られています。
・景行天皇の御世に、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折、相模国より上総の国へ船で渡ろうとしたときに、浦賀沖で暴風雨に遭遇し転覆寸前となりました。
・そのとき妃の弟橘媛(おとたちばなひめ)が、海神の怒りを静めようとして、尊の身代わりとなり入水されました。
・尊は無事上総の国へ渡ることが出来ましたが、弟橘媛の死を悼んで、しばらく八釼八幡神社にご滞留になられ、此の地を去らなかったため、“君去らず”が木更津の名の起源です。
■創建
・八釼八幡神社の社殿は、源頼朝が鎌倉幕府を開府したとき寄進されたとのことです。
・源頼朝のお手植えの蘇鉄が、民家より境内へ移植されていります。
■江戸時代
・1614年の大坂の役での、木更津の船頭の活躍をたたえ、八釼八幡神社の祭神を敬して家康公から、前面に葵のご紋を施した漆塗の木櫃に納められた、翼を広げた鳳凰の銅像を寄進されました。 |
[八釼八幡神社]
・鎌倉時代創建です。
●源頼朝公お手植えの蘇鉄

・源頼朝公お手植えの蘇鉄(ソテツ)。
(民家より移植されました。
・境内右手にあります。
●格天井装飾画(ごうてんじょう)
(社務所に拝観依頼をしてください。)

・拝殿の天井には、江戸幕府の御用絵師で、江戸大火を
逃れ滞在していた狩野派の絵師奉納の格天井装飾画総162枚が飾られています。
●五大力船(ごだいりきせん)の絵馬
(社務所に拝観依頼をしてください。)

・五大力船は、木更津船(通称ごぜき)といわれ、江戸〜木更津間を往復した荷搬船のことです。
・ごぜきに遇えば、避けて通ったといわれるほど勢威がありました。
・五大力船の絵馬は、明治初期に奉納され、指定文化財に認定されています。 |
弁財天厳島神社(白弁天:べんざいてんいつくしまじんじゃ)

・バス通りの角にあります。 |
[弁財天厳島神社(白弁天:べんざいてんいつくしまじんじゃ)]
・弁天さまの呼び名で親しまれている神社様で、海の神様で、芸事の神様でもあります。
・社殿に白い兎の漆喰があります。
・通りの角にあり、習い事の上達を願い、お参りされています。
・浅い小さな池には、亀と小さな金魚がいっぱいいます。
・ウサギとカメが一度に見られます。きっといいことが。 |
證誠寺(証誠寺:しょうじょうじ)

・浄土真宗のお寺様で、17世紀中ごろ江戸時代の創建です。
・創建当時は、鈴ヶ森と言って、杉や松や桧(ひのき)が生い茂り、竹薮で囲まれた昼間でも鬱蒼とし、暗く薄気味悪いところでした。
・證誠寺に伝わるタヌキ伝説は、分福茶釜(群馬県館林市)、八百八狸物語(愛媛県松山市)と並び、日本三大狸伝説の1つです。
・秋の夜に和尚と何十匹もの狸が寺の庭で囃子合戦をした挙句、夜が明けたら腹鼓で調子を取っていた大狸が腹を破いて死んでいたという面白くも悲しい物語です。
・證誠寺の境内には、腹を破って死んでしまった大狸の供養の狸塚があります。
・童謡の証城寺の狸囃子は、野口雨情が作詞、中山晋平が作曲しました。 |
[證誠寺]
・江戸時代初期の創建です。
●證誠寺本堂

・こじんまりした趣のある證誠寺本堂です。
・毎年10月中旬には、地元小学生が狸伝説を模して踊る、楽しい狸まつりが開催されています。
●狸塚

・ぽんぽこお腹を叩きすぎて、お腹が破れ死んでしまった大狸の供養の狸塚です。
・境内左手にあります。
●童謡記念碑

・童謡『証城寺の狸囃子』の記念碑です。
・境内の左手にあります。 |